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47都道府県を全制覇する旅

032_ 宮崎県/台風一過! 天孫降臨と田中国広の、実家に帰らせていただきます!(2泊3日)


さて。
昨日行けなかった分を取り戻すべく、元気に延岡から出発です。


延岡から熊本方面は、高速道路が途中まであって、途中からは国道を走りますが。
その国道が、山の中腹を走っていて。
途中かけられた橋がいくつかあるのですが、川はとても低い位置を流れています。
山から山へ渡る橋って言ってもいいくらい。


そして、山の中腹から下にかけて、棚田だったり、民家だったりがあって。
とても不思議な光景でした。
そして橋マニアにはたまらん場所でした。


そんなところを1時間くらい走ると、高千穂に入ります。



着きました!


山の中に突如現れるファミレスが不思議ですが。
そこを曲がると、高千穂の市街地に入ります。

そして、市街地の真ん中に、この高千穂神社はあります。



この本殿は重要文化財だそうです。

高千穂神社は、約1900年前の垂仁天皇時代に創建されました。
高千穂郷八十八社の総社で、神社本殿と所蔵品の鉄造狛犬一対は国の重要文化財に指定されています。

主祭神高千穂皇神十社大明神で、特に農産業・厄祓・縁結びの神をして広く信仰を集めています。
高千穂皇神日向三代と配偶神の総称です。
十社大明神三毛入野命をはじめとする10柱を祀っています。

高千穂観光協会HPより引用。



源頼朝(のおつかい)が植えた杉



鉄製の狛犬。これも源頼朝(のおつかい)が奉納。


杉の木は、ひとつひとつがすごく太いので。
すごく神秘的な雰囲気がありました。

そして。
鉄製の狛犬は、日本に3対しか無いらしいです。
しかし、左にもいるらしいけども、右の子しか見えませんでした…



続いて、天岩戸神社(西本宮)です。

天照大神がお隠れになられた天岩戸を御神体としてお祀りしている。
古事記日本書紀に記される天岩戸神話を伝える神社。

古事記日本書紀には天照大神アマテラスオオミカミ)は弟の素戔嗚命スサノオノミコト)の乱暴に怒り、天岩戸に籠もられた事が記してあり、その天岩戸を祀る神社と伝えられる。

御神体である「天岩戸」は西本宮から拝観することができます。(社務所にて受付必要)

岩戸川を挟み対岸に東本宮があり、東本宮は天照大神をお祀りしています。


というわけで。
天岩戸神社とひとくちに言っても、

  • 西本宮…天岩戸を祀っている場所
  • 東本宮…天岩戸から出てきた天照大神が住んだ場所
  • 天安河原…天岩戸に引きこもった天照大神に出てきてもらうために、他の神々が相談した河原

ということになってます。

午後から大移動しないといけないので。
ここはどれかひとつに絞らなければいけません。

西本宮と東本宮は川を挟んで反対側。
天安河原は徒歩で片道30分かかるので泣く泣く諦めるとして。
悩んだ結果。
ご本尊である、天岩戸を拝むことにしました。




まずは本殿にご挨拶。


その後、待ち合わせ場所というところで待っていると。
神域にご案内ツアーに参加できました!



この先は神域なので、まずはお祓いを受けます。


そしてこの右側の扉から、神域へ入ります。
(写真撮影はNGなのでご注意を)

この本殿の裏側に、天岩戸が拝める場所があって。
そこの天井が軒先みたいになってるのですが。
軒天の木材が、ちょっと斜めになっていて。
その斜めの先に、天岩戸がある、ということです。

天岩戸は神職の方も地元民も、一切立入りができないらしく。
木が生い茂って、手付かずの自然な感じになってました。
その昔は奥行き9メートル、幅18メートルの洞窟があったらしいのですが。今は崩れてなくなってしまったらしく。
『あのへんです』
『そうか…』
的な、テンションは上がりきらない感じでした。

ま、仕方ないですね。
何しろ今何年ですか、ってな話ですからして。



神域から出てきたら、神楽殿の前でした。


ここで、神楽を奉納するのだそうです。



御神体が、洞窟っぽくなってます。*1


天岩戸のイメージは、こんな感じなのかもしれません。


このご案内ツアーに参加してみて。
ヲタクはテンション上がると『あなたが神か…!』と叫んだりしますが(笑)
今も昔も、それは変わらないのだなぁと思いました。

その昔、米がまだない頃。
天皇のご先祖が、稲作を自ら広めていったらしいのですが。
その時に人々が『あなたが神か!』と叫んで。
『神の先祖は神に違いない!』ってなことで、天皇のご先祖は神、ということになってるらしいです。



宮崎は日本酒よりも焼酎が強いらしく。奉納されているお酒も焼酎でした! ひむかのくろうま!!

 



ところで、私はさっきまで、高千穂にいた気がするが。今は飫肥に来ている。


というわけで。
昨日夜中爆走した道を戻り。
空港を通り過ぎ。
さらに『GTRのRは、不敗神話のRだ!』ごっこをしながら峠を越えて。

飫肥の城下町にやってきました。


ここはかのたかぎなおこ先生とお姉さんが、卵焼きを食べてたあの町です!
城は残念ながら無いけど、城跡と城下町は残ってて、九州の小京都と呼ばれている場所です。


まあ、飫肥城は誰が居たかもわからないからそこそこなんですが。
わたしはガチのたかぎなおこ先生ファンなので、先生が召し上がったものは(以下略
しかし、街並み保存地区は良いね。
そこにいきなりスーパーがあったりするとなお良い。



鯉を用水路で飼ってたりして


まあでも、そんな広くないので。
卵焼きのお店はすぐに見つかりました。



本日完売!


まじかー……


しかし、何店舗かはあるようなので。
隣のお店で買いました!



昔ながらの商店。



店の前にでんと鎮座している卵焼きを、おばあちゃんが切ってくださいました!



手作り感満載(持って帰った後の写真なので、だしが包み紙にしみている……)


車なので気にせずに4分の1サイズにカットしてもらいましたが。
これ、ひとりで食べる量ではないなと夜持って帰ってから思いました食べたけど!
全部その日の夜に食べたけど!



もちろんね!! 完食!!!


そして。
歩いて飫肥城跡へ。



城下町が小さかったけど、城は思いのほかデカかった。



城跡は公園と小学校になっていたので、さっきの卵焼きをいただきました!


卵焼きとあったけど、どっちかってーと、プリンに近い味でした。
みりんが入ってるせいだな。
厚焼き玉子を完全にお菓子にした感じ。

写真は食べ歩きパック(これもおばあちゃんのお店で買いました)。
飫肥の街は食べ歩きを売りにしてるので、こういう小さなサイズでも買えるから気楽で良いです。


そして。
何気に良かったのは、ここの公園にある資料館でしたね!



昔ながらの蔵って感じ!


実は飫肥城
あのローマ使節団で有名な伊東マンショが居た城なんだそうで。
その伊東マンショに仕えていたのが、田中国広こと堀川国広なんだそうです!

いや、ホントは台風きてなければ、田中国広の史跡をめぐりたかったんだけど!
実はそんな繋がりがあったとは!?

まあ、この資料館に堀川国広作の刀は置いてませんでしたが。
(展示されてた刀は地元の人からの寄付だったみたいなので)
誰か、田中国広時代の刀が家に代々受け継がれてた! みたいな人、おられたら、寄付か貸出かでも、展示すれば人が集まりそうなのにね。
今のブームのうちに!

しかし。
今置いてあったのも、和泉守兼定があったりして、なかなか良かったですよ!

あと、歴代の鎧がでーんと鎮座してたのは圧巻でしたね!


いやいや、ノー下調べの割に、良いものを拝見しました!
来て良かった!



その後、モアイを見に行ったりして。



日南の海沿いを、気持ち良く走りながら帰りました!


ホントね、海が綺麗で。
来て良かったなって思いました!


しかし。


当初の目的であった、チキン南蛮は、もう疲れすぎて、車を返却した宮崎空港の居酒屋さんでいただきました。
冷汁のセットだったけど。美味しかった!



宮崎といえばの! 冷汁!!



宮崎といえばの! チキン南蛮!!!


んまー!
揚げたての唐揚げがうまい!!
タルタルが甘辛くて、これは禁断の味だ!!



そして、飫肥ではなく空港で、飫肥天を買う*2


……体重は、見なかったことにしてほしい。。。

 

★☆ つづくー! ☆★

 

*1:そういえば、この天照皇大神の掛け軸、うちの実家の床の間に飾ってあったなぁ。子供心に何が書いてあるのかがわからなかったけども。

*2:いや、さっきの居酒屋では飫肥天は売り切れだったのだよ